kotaです。
自らの思考を整理するために久方ぶりにBlogというものを更新させていただきます。
僕が現在働いている病院は入院患者の多くが神経難病を呈する方で、中でもパーキンソン病やパーキンソン症候群の方は半数程います。
脳の疾患としてはアルツハイマー型認知症に次ぐ患者数であり、欧米では10万人あたり約300人の有病者数といわれています。欧米に比べると日本での有病者数はやや少ないようですが、一度は耳にしたことのある病名なのではないでしょうか。
パーキンソン病の四大徴候としては振戦、無動、筋固縮、姿勢反射障害があり、特徴的な動作のパターンとしてはすくみ足、小刻み歩行、突進現象などがあります。私が患者さんに提供するリハビリテーションでもすくみ足や小刻み歩行の制御を目的にしたアプローチが多いです。
パーキンソン病には矛盾性運動と呼ばれる現象があります。すくみ足がみられると足が床から離れず、パーキンソン病患者は一歩を踏み出せなくなります。ところが患者の前に棒などを目印にして置き、その棒を跨ぐように指示するとポンと足が出るのです。また、平地ではすくみ足がみられても階段を昇る時にはみられないといった例もあります。これらの現象を総称して矛盾性運動といいます。
古典的なリハビリテーションでは床に目印をいくつも作って歩行訓練をしたり、メトロノームやリズミカルな掛け声を用いながら歩いたりと視覚刺激や聴覚刺激の代償によるものが主流でした。しかし、これらの訓練はどれも一時的な効果であり、訓練後やADL場面では全く汎化されていないというのが現状でした。
では、矛盾性運動を脳科学的に考えてみましょう。
パーキンソン病では記憶誘導性サッケードが障害されます。サッケードとは眼球運動のことで我々が顔の向きを変えなくても対象物から対象物に視線を移動させることが出来るのはサッケードのおかげといえます。視覚ターゲットに対して視線を向けることを視覚誘導性サッケード、視覚ターゲットの場所を覚えておき、ターゲットが消えてからも同じ場所に視線を向けることが出来ることを記憶誘導性サッケードといいます。パーキンソン病では後者が障害されるということです。
視覚誘導性サッケードは可能でも記憶誘導性サッケードは困難であるという現象と目印があると歩けるが、目印がないとすくむという矛盾性運動はよく似ています。
大脳基底核には記憶誘導性サッケードの時にだけ活動するようなニューロンがたくさんあります。つまり、感覚入力でドライブされるような運動はおそらく大脳基底核を介さない系がかなり働いていますが、感覚入力を使わないで行う運動は大脳基底核に依存していると考えられます。
感覚刺激を手がかりに運動が始まる(大脳基底核を介さない)経路と大脳基底核を介して伝達される経路を眼球運動を例に説明すると、上丘に大脳皮質からの直接経路と大脳基底核を介する経路があり、この直接経路は感覚入力に頼って信号を送るというのが得意です。大脳基底核を介する経路はそれとは異なるようで、これは尾状核の1つのニューロンの活動です。
このニューロンは、記憶誘導性サッケードの時にはかなり活動するのに視覚誘導性サッケードの時にはほとんど活動しません。こういうニューロンは尾状核や黒質には多くあります。視覚にガイドされる場合は皮質からの直接経路で、記憶にガイドされる場合は大脳基底核にかなり依存しています。
2種類の伝達経路の伝達速度ですが、大脳基底核の経路は信号の伝達がやや遅いようです。尾状核から黒質まで15ミリ秒程かかります。例えば大脳皮質から、上丘でも脊髄でも2ミリ秒くらいで伝達されます。大脳基底核を介する経路だと、単純計算で直接経路よりは13ミリ秒ぐらいは遅れるということになります。それでは運動の開始に遅れて間に合わないのではないかと思われるかもしれません。でも、実際に日常で運動する場合には、いきなり運動するわけではなくて、何かを準備しながら、あるいはコンテクストで考えながら、運動が出てくるわけです。
その場合は、まず大脳基底核がある状態を作っておくことは可能ですし、そうしているのでしょう。しかし、いきなり感覚刺激がきた場合には、視覚誘導性優位となってしまいます。よって、床に線があるような場合には、恐らく大脳皮質からの視覚性信号が先に行ってしまって、大脳基底核に対してそれを凌駕するといった結果になってしまうのでしょう。
歩行について考えると、記憶誘導性の運動では補足運動野や大脳基底核の活動がみられ、視覚誘導性の運動では運動前野や後頭葉の活動がみられます。
これらの脳科学的な知見をリハビリテーションへ応用していくことを考えると、パーキンソン病では視覚誘導性の運動と記憶誘導性の運動とに乖離が生じ、視覚誘導性優位な状態に陥りやすい点、大脳基底核を介する経路の伝達速度は直接経路に比べると遅い点をふまえて訓練を構築していく必要がありそうです。
前者に対しては、視覚を遮断し、体性感覚に選択的注意を向ける課題や異種感覚モダリティ統合を行う課題を行っていく必要があると考えています。
後者に対しては視覚誘導性優位な動作パターンからの脱却のために、大脳基底核を介した経路を積極的に使用していく必要があります。これには動作前に綿密な運動イメージや運動シュミレーションを行い、大脳基底核から補足運動野に繋がる経路を活性化させるのがよいと考えています。
以上が、現段階での私の見解です。まだ、革新的な治療方法が解明されていないこの病気ではありますが、脳科学の発展により少しずつ明らかになってきている部分もあります。我々リハビリテーションに携わる人間もそれらの新しい知見を取り入れ、古典的なリハビリテーションからの脱却をしていく必要があるでしょう。
今までは機能維持がメインであったパーキンソン病のリハビリテーションですが、回復に向けたアプローチについてもっと考えていくべきであると私は考えています。
参考文献
・彦坂興秀・山鳥重・河村満:「彦坂興秀の課外授業 目と精神」、医学書院、東京、2003
・青山智:「作業療法ジャーナルvol.45 No.7(6月増刊号)、三輪書店、東京、2011、pp783-788